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東京高等裁判所 平成10年(ネ)4890号 判決 1999年6月16日

控訴人(被告)

富士ハウス株式会社

右代表者代表取締役

川尻増夫

右訴訟代理人弁護士

鈴木光友

被控訴人(原告)

飯塚真弘

右訴訟代理人弁護士

杉山繁二郎

主文

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  控訴人は、土木建築の設計及び請負を業とする株式会社である。

2  被控訴人と控訴人は、平成七年六月一九日、被控訴人の自宅建物(以下「本件建物」という。)を新築する工事請負契約(以下「本件契約」という。)を締結し、被控訴人は、控訴人に対し、契約金として一〇三万円を支払った。

二  被控訴人の主張

以下の理由により、控訴人は被控訴人に対し、契約金として受領した一〇三万円を返還する義務がある。

1  合意解除

被控訴人と控訴人は、平成七年一〇月一九日、本件契約を合意解除した。

2  債務不履行解除

建築請負契約における請負人の主たる債権は、注文者から依頼された建物を建築することであるが、その前提として、請負人は、注文者と打合せを行う必要がある場合、注文者から打合せや面会の要求があればそれに応じるという付随的義務を負担している。しかるに、控訴人の吉田支店長である三浦行雄(以下「三浦」という。)は①平成七年一〇月七日、打合せのため被控訴人方を訪れたが、被控訴人が約束時間の午後四時をわずか五分遅れただけで帰ってしまい、電話でその二週間後の午後四時に会う約束をしたものの、来訪せず、連絡もよこさなかった、②同年一〇月一九日、被控訴人の妻である飯塚章子(以下「章子」という。)に対し、侮辱的な発言をした、③その後、被控訴人が控訴人の本社に電話をし、相談窓口の滝口学(以下「滝口」という。)を介して連絡するよう申し入れたが、何の連絡もよこさなかった。そこで、被控訴人は、平成八年二月六日、成岡工務店と新たに請負契約を締結し、本件契約を黙示的に解除した。

三  控訴人の主張

1  控訴人は、本件契約の合意解除に応じたことはない。本件契約は、被控訴人が自らの判断で解除したものであるから、「工事に着手するまでに甲(被控訴人)が必要によって、契約を解除した場合には乙(控訴人)は契約金を返還しない。」との工事請負契約約款一二条一項により、控訴人は、受領した契約金一〇三万円を被控訴人に返還する義務を負わない。

2  被控訴人が三浦に対し、打合せや面会を求めたとしても、それは本件建物の建築目的の達成に必須の付随的義務である打合せや面会の要求には当たらない。

第三  当裁判所の判断

一  事実関係

証拠(甲一の1、二の1、三、四、乙一、八ないし一〇、証人飯塚章子、同三浦行雄、被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることでき、これを覆すに足る証拠はない。

1  本件建物の工事着工時期は、本件契約において、翌年の寒明け、すなわち、平成八年二月四、五日ころと合意されていた。そこで、被控訴人は、本件契約から工事着工まで、敷地内にある倉庫を工事中の仮住まいとする改築工事をすることとし、被控訴人の親が右の工事を成岡工務店に依頼した。その際、被控訴人は、成岡工務店から、本件建物と同じ建物を控訴人より二五〇万円程度安い値段で建てられるという話を聞いた。

2  被控訴人は、平成七年五月二二日から同年六月二日までの間、本件契約の控訴人の担当者である村松隆行(以下「村松」という。)に代行してもらい、住宅金融公庫の融資(以下「公庫融資」という。)の申込みをしたが、同年八月二一日から同年九月五日までの申込受付期間の公庫融資の金利が低下したことから、公庫融資のやり直しをしようと考えた。これに対し、村松は平成七年九月二日ころの夕方、被控訴人方を訪れ、被控訴人に公庫融資の申込みをやり直すために来たと告げたが、被控訴人は、外出しようとしていた矢先であり、しかも、本件契約後控訴人から連絡がなかったことに不満を抱いていたことから、村松に対し、今は時間がとれない、他の大工から控訴人より二五〇万円も安い値段で建築できると聞いている、公庫融資の申込みのやり直しは自分で行うと述べた。そして、被控訴人は、同年九月五日、自分で公庫融資の申込みのやり直しをした。

3  本件契約に際し、被控訴人が控訴人から受け取った「ご挨拶」と題する書面には、「近日中に建築担当者が営業担当者共々ご挨拶にお伺いする予定」であると記載されていたが、控訴人から特に挨拶はなかったことから、被控訴人は、控訴人に電話をし、顔を出すよう求めた。そこで、三浦と村松は、平成七年一〇月七日ころ、被控訴人宅を訪れたが、被控訴人が約束の時間までに外出先から帰宅しなかったため、被控訴人と会わないまま辞去した。被控訴人は、再度控訴人に電話をし、二週間後の午後四時ころ、控訴人の関係者の訪問を受けることとしたが、結局その日、控訴人の関係者は被控訴人宅に来なかった。

4  ところで、三浦は、村松から前記2の被控訴人の発言を聞いていたため、改めて本件建物の新築工事を控訴人に担当させるようお願いするつもりで、平成七年一〇月七日ころ、村松と共に被控訴人宅を訪れたものであるが、被控訴人に会えなかったことから、被控訴人が本件建物の新築工事を他の業者に任せようという気持ちになっているのではないかとの疑いを深めた。

5  章子は、本件契約後、控訴人から連絡がなく、被控訴人宅に挨拶にも来ないことに不満を抱いていたことから、平成七年一〇月一九日ころ、控訴人の榛原展示場に電話をしたところ、折り返し三浦から章子に電話があった。章子は、三浦に対し、控訴人が被控訴人方に顔を出さず、誠意を示そうとしないことについての不満を述べたが、三浦も、被控訴人は他の業者に見積もりをさせて工事を任せる気持ちになっているという疑いを深めていたことから、そのことについての不満を口にし、口論になった。そして、双方のやりとりの中で、三浦が営業を二〇年担当していると述べたことにつき、章子が大した営業ではないと口走ったことから、腹を立てた三浦は、(本件建物を)うちで建てていただかなくて結構であると述べ、契約金を返還するよう求めた章子に対し、契約金は一切返還しないと答え、物別れになった。

6  右の電話での口論の直後、三浦の対応に立腹した章子は、控訴人の本社に電話をしたところ、相談窓口の滝口から、三浦を被控訴人宅に伺わせると言われたが、三浦から連絡はなかった。その後、被控訴人と章子は、それぞれ一回ずつ滝口に電話をし、被控訴人宅に伺わせる、連絡を取らせると約束させたが、三浦は、被控訴人に連絡せず、被控訴人宅を訪れることもなかった。なお、三浦は、滝口から事情を聞かれて経緯を説明したが、章子との口論が尾を引いていた上、既に被控訴人は本件建物の新築工事を他の業者に任せる気持ちになっているようであるからしばらく様子を見たほうがよいと判断し、被控訴人と連絡を取らなかったものである。

7  被控訴人は、平成八年二月六日、成岡工務店と本件建物の新築工事につき工事請負契約を締結し、本件建物は同年九月一一日に完成した。なお、被控訴人は、右の請負契約を締結するについても公庫融資を受けており、その申込受付期間は平成七年一一月一三日から同年一二月五日までであった。

二  本件契約の終了

1  合意解除

被控訴人は、本件契約は平成七年一〇月一九日の章子と三浦の電話でのやりとりにおいて合意解除され終了したと主張しているところ、前記一5のとおり、三浦は、章子に対し、うちで建てていただかなくて結構であると述べており、これは本件契約を解除する意向を表明したものであると見ることもできなくはない。しかしながら、右の発言は、章子との口論により感情的になった三浦が、言わば売り言葉に買い言葉で発したものと認めるのが相当であるから、これをもって控訴人が真実本件契約を解除する意向を表明したということはできない。また、三浦は、電話による口論の際、契約金は返還しないと明言しているが、本件契約を合意解除したならば控訴人は受領した契約金を被控訴人に返還しなければならないことになることからすると、契約金の返還を拒絶したということは、控訴人が本件契約の合意解除に応じる意思を有していなかったことを裏付けるものである。

なお、三浦は、その後被控訴人と連絡を取ろうとしていないことから、控訴人が本件契約を継続する意思を失っていたと見ることもできなくはない。しかし、前記一6のとおり、三浦が同年一〇月一九日以降被控訴人と連絡を取らなかった理由は、章子との口論により気まずい思いを抱き、連絡を取りにくかったこと、被控訴人は他の業者に本件建物の新築工事を任せようとしていると思い込み、しばらく被控訴人の様子を見ようと判断したことなどによるものである。そうすると、三浦が被控訴人と連絡を取ろうとしなかったという事実は、控訴人が本件契約をもはや継続する意思を失っていたことを裏付けるものではなく、他に控訴人が本件契約を合意解除する意向を表明したことを窺わせる事実を認めるに足る証拠はない。

してみれば、控訴人は、平成七年一〇月一九日ころ、本件契約を解除する意思を有し、被控訴人は、遅くとも公庫融資の申込最終日である同年一二月五日までに控訴人の解除の意思に同意し、よって本件契約は合意解除されたとの原審の判断を是認することはできない。

2  債務不履行解除

(一) 被控訴人は、請負人である控訴人が、注文者である被控訴人からの打合せや面会の要求に応じる本件契約上の付随的義務があったにもかかわらず、それを怠ったのであるから、被控訴人は、控訴人の債務不履行を理由に本件契約を解除したと主張している。『確かに、建物の建築請負契約においては、建物を建築するという目的を達成するため、注文者と請負人が、建築確認、工事内容、工事の着工、工事の施行等に関し、工事の着工前に十分に意見を交換し合うことが必要であることは明らかであるから、右の目的を達成するのに必要不可欠な打合せを行わなければならないにもかかわらず、請負人が正当な理由なくして、注文者からの打合せまたは面会の要求に応じようとせず、それによって信頼関係が破壊されたと認められる場合は、注文者において請負契約を解除することができると解するのが相当である。』

(二) そこで検討するに、前記一3、6のとおり、控訴人(特に三浦)は、被控訴人から連絡又は訪問を求められていたにもかかわらず、これに応じなかったものであり、このような対応は、請負人として極めて不適切なものであり、被控訴人に不信を抱かせる事情であったといわざるを得ない。

『しかしながら、被控訴人と章子が控訴人に電話をし、連絡又は訪問を求めるようになったのは、本件契約に際し、被控訴人宅に挨拶に行く旨の書面を交付していながら、一向に挨拶に来なかったことに不満を募らせていたからであり、章子が三浦と口論した後も連絡又は訪問を求めたのは、右の口論を含め、控訴人側の非礼を謝罪させるためであったと推認することができる。そうすると、被控訴人と章子は、本件建物の新築工事の内容について必要な打合せをするため連絡又は訪問を求めたと認めることはできず、また、その当時、早急に工事内容等について打合せをする必要があったことを窺わせる事情も認められない。したがって、本件において、控訴人が被控訴人からの連絡又は訪問の要求に応じなかったとしても、そのことが直ちに本件契約上の付随義務の不履行となり、本件契約の解除原因になるということはできない。』

(三) なお、被控訴人は、電話での口論の際の三浦の章子に対する侮辱的発言を解除原因として揚げているが、当事者間の信頼関係を破壊するような侮辱的な発言があったとまでは認め難いし、前記一5のとおり、三浦と章子は、それぞれが不満をぶつけ合い、感情的になって口論をするようになったものであって、控訴人側に全面的に非があるとまで認めることはできない。したがって、その際の三浦の発言が、本件契約の解除原因に当たるということもできない。

3  まとめ

以上のように、本件契約は、合意解除又は控訴人の債務不履行により解除されたと認めることはできず、かえって、前記一7のとおり、被控訴人は、平成八年二月六日に成岡工務店と本件建物の新築工事の請負契約を締結したことにより、本件契約を解除する意思表示をしたと認めることができるから、本件契約は、被控訴人の事情により解除されたというべきである。そうすると、被控訴人は、工事請負契約約款一二条一項により、控訴人に支払った契約金一〇三万円の返還を求めることはできない。

三  結論

よって、被控訴人の本訴請求は理由がなく、本件控訴は理由があるから、これと判断を異にする原判決の控訴人敗訴部分を取り消した上、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官萩原秀紀)

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